「インフレ手当」支給の是非について

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 ロシアのウクライナ侵攻の収束が見えない中,原油をはじめとする輸入原材料の高騰が続き,これに円安が重なり消費者物価指数を押し上げています。10月末に日銀が発表した2022年度の物価上昇率は前年度比2.9%という高い数値で,オイルショックのあった1981年以来の大幅な上昇率ということです。こうした影響を受けて企業には従業員の生活不安をなくし仕事に集中できる環境をつくろうという考えから一時金(特別賞与)や「インフレ手当」などの名称を付けた生活補助手当の支給を本年7月から実施するところが出始めています。

 生活関連手当は元々,戦後日本が経済復興の中で衣食住が十分に整わず困っている社員に企業経営者が生活を支える補助金として支給したのが始まりです。こうした経緯があって始まった諸手当は,バブル崩壊後の業績が悪化し収益が見込めない大手企業から廃止する動きが広がってきました。特に2018年6月の第2次安倍政権下の労働施策に掲げられた「働き方改革」の中心課題である「同一労働同一賃金ルール」推進の中で,今まで正社員だけに支給してきた家族手当,住宅手当,資格手当,食事手当,作業手当,精皆勤手当,宿日直手当,交替手当,呼出手当,待機手当,地域手当,特殊手当,寒冷地手当,亜熱帯手当,年末年始手当等の諸手当が廃止される動きが加速しました。

 その理由を一言でいうと,「手当は労働の対価とはいえない」からです。

 労働基準法第11条に規定されている「賃金」の定義を読むと一層その理由がわかります。労基法第11条には「賃金とは賃金,給料,手当,賞与その他名称の如何を問わず,労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものをいう」と書かれています。つまりこの条文で大事なことは,賃金は労働の対償,つまり「労働の対価として支払われるもの」という部分です。コンビニや居酒屋などでアルバイ経験のある人はわかると思いますが,「時給1,200円」という意味は言うまでもなく,店舗で1時間働けば1,200円もらえるということです。したがって,午後3時から午後12時までの勤務を選択すれば夕食休憩の1時間を除いて1日8時間労働になり月末に支給される給料は20日稼働なら1,200円×8時間×20日=192,000円(税込み)になります。

 したがって,こうした店舗スタッフの給料の仕組みは明瞭で,奥さんを扶養している中高年の男性が行っても,17才の女子高生が行っても同じ時給で同じ時間働いていれば同じ給料がもらえるわけです。

 ところが,あるコンビニで,「扶養者がいるスタッフには家族手当を1日50円加算します」という募集広告を掲載したとすれば,ここのスタッフの時給は,扶養者のいる人は1,250円で独身者は1,200円になり,50円の格差が生じるわけです。この50円の格差を正当な給料かどうかを検証してみましょう。

すると,同じ仕事を同じ時間やっているスタッフ間の比較では扶養家族がいる方がいない人より時給で50円,日給(8時間勤務として)で400円,月給で8,000円も違うことに納得できるのか?という疑問が生じます。

 つまり仕事(=労働)の成果は,扶養家族がいてもいなくても関係がなく,親元通勤者と単身世帯者の住宅費負担は違っても,仕事をした結果として受け取る給料に差があったらおかしいと思うのが通常人の感覚なのです。

 このように,家族手当や住宅手当などの諸手当は労働したことによってもらえる給料とは無関係の,いわゆる属人的賃金というものです。したがって,属人的賃金である手当は企業業績が低迷した年や急成長が見込めなくなって以来,経営者は「仕事と関係のない手当を支給することに意味がない」という考えから諸手当を廃止することにしたという経緯があります。

 以上のように考えると,諸物価が高騰し従業員の生活が苦しく大変だからといって月々の給料にインフレ手当といった名目で手当をつけることはどうなのでしょうか?

 筆者は40年以上顧客企業の社員の処遇・待遇の仕組みを構築したり「人事制度改革」と称してその時々の社会環境に即した人事制度を再構築してきました。その都度,「手当は廃止することが望ましい」,「賃金を増額するのなら基本給をアップすることが社員のモチベーションにつながります」と指導してきました。

 また現在,日本にある約400万社の企業のうち,法人格を持ち同時に人事制度を持つ約150万社の企業のうち,所定内賃金に占める基本給の割合(これを「基本給比率」と呼ぶ)が90%以下の企業は労働の対価として担当業務を正当に評価していないため「ブラック企業」と呼んでいます。

 給与の原則は,公正な評価に基づくものであり,社員の納得性が高いものでなければなりません。誰が考えても納得できない仕組みは形骸化する宿命を持っているからです。

 その意味で,物価高対策や社員の定着を目的に新設する「インフレ手当」は政府の少子高齢化による労働人口の減少などの労働政策と同列の問題であり,一企業が政府の肩代わり的に物価高対策として新たに手当を新設することに疑問を持たざるを得ないというのが筆者の見解です。

株式会社comodo特別顧問・経営コンサルタント 永島 清敬

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